そんな風に僕は思う

流行に乗って「担当について」の話題で記事を書こうと思います。

2014年の1年間で、担降りしようかしないかすごく迷いました。
迷って迷って、迷ってるのを手帳に書き留めたりここに吐き出したりしてみて、結局私が出した答えは「担増やし」でした。

なぜ、担増やしという答えに至ったか。
自分の中では、「相手に向ける情熱の種類が違うから」という事で納得することが出来ました。
私の口から出る「翔くん大好き」と「大倉くん大好き」は、意味がかなり違うような、そんな気がしたんです。

まず、翔くんについて。
担当論の記事が出始めの頃に辿り着いたんですけど、「日本史」とか「世界史」みたいな形の一つのジャンルの「嵐史」が好きで、中でもとりわけ「櫻井翔」という偉人を尊敬しているようです。
翔くんに対してこういう感情を抱いているものですから、そんな翔くんが「アイドル」という職業に就いて第一線で道無き道を切り拓いていく姿が、すごく素敵なものに感じられてしょうがないんです。
だから、翔くんのことが「好き」です。

次に、大倉くんについて。
正直な所、翔くんのように論じることは出来ません。
それは私のファン歴が浅いことももちろんあるでしょう。論じようと思わないわけでは無いです。昔と今の対比とか。
けれど、そういうのを全部抜きにして、ただ衝動的にお腹の底から「大倉くんかわいい」「大倉くんかっこいい」「大倉くん大好き」という感情が溢れて止まらないんです。
じゃあもう、「好き」って言うしかない。それを止めるのは馬鹿らしいと思いました。
「芸能人」「アイドル」を追う感情としては、大倉くんに向けているそれの方がよっぽど健康的だとも思っています。
大倉くんの事が「好き」です。

人によっては、殿堂入りだとか、そういう言葉を使う事態なのかもしれません。
少なくとも嵐繋がりで仲良くなった人には、私は「翔担で大倉くんも好きな人」と認識されています。
ですが、エイト繋がりで仲良くなった人には、私は「翔くんから大倉くんへ担降りした人」と認識されていた事がありました。
事務所担の方からは、「派閥担だもんね」と言われたこともあります。

そこで考えました。
あくまで「担当」なんて呼称の問題でしかないのかもしれないなあ、と。
そうであるならば、「好きな間に担当って名乗っといた方が楽しいんじゃない?」と思いました。
だから、担降りしませんでした。

それを言っちゃおしまいよっていう話でもあります。
あくまで、1年間考え続けた私なりの結果がこれだよ、という、ただそれだけの話でした。

履歴

2014年以前

2011年終わり頃~2012年先(石津期)までの第一次大倉くんフィーバーが落ち着きを見せた2013年夏、フィルフェスにてtornコンビに落ちる。

2014年1月

ドキドキしながら見たDMAT1話で、大倉くんを好きであることに真っ向から向かい合おうと決める。
「だドン」 - EVERYDAY IN MY DREAMS

2014年2月

過去の映像ソフトを買い始める。

2014年3月

DMATが終わり、あらためて大倉くんの事を好きになる。
DMAT最終回お疲れ様でした - EVERYDAY IN MY DREAMS

2014年4月~7月

JUKE BOXから遡って、47までの映像ソフトを揃えた。
この頃から、翔くんへ向けている熱量と大倉くんへ向けている熱量の差を気にし始め、担降りするべきだろうかと友人に打ち明け始める。

2014年8月

「十祭」にて始めて生で大倉くんを見る。
「だドン」・その後 - EVERYDAY IN MY DREAMS
ひとたび生で見てしまえば大倉くんへの熱がごうごう燃え盛り始め、いよいよ「担降り」について真剣に考え始める。
自担とか推しとかガチ恋とか - EVERYDAY IN MY DREAMS
「だドン」・その3 - EVERYDAY IN MY DREAMS

2014年9月

Blastのライビュを連荘して、嵐があまりにも偉大なアイドルグループであること、嵐がアイドルとして異常なグループであること、嵐のメンバーである翔くんが果てしなく大きい存在だということを思い知らされる。ますます自分の中での「嵐」が解らなくなる。
ARASHI BLAST in Hawaii ライブビューイング1日目 - EVERYDAY IN MY DREAMS
ARASHI BLAST in Hawaii ライブビューイング2日目 - EVERYDAY IN MY DREAMS

2014年10月

「THE DIGITALIAN」発売。翔くんのソロ曲が人生讃歌であることに猛烈に感動する。
幸せってなんだろう? - EVERYDAY IN MY DREAMS

2014年11月

この頃は、もう「大倉担で翔くんは殿堂入りなんだ」という気持ちが7割だったかもしれない。担降りの仕方が解らなくなって、友人達を巻き込んでカウンセリングをしてもらったりしていた。
どうやってやるの? - EVERYDAY IN MY DREAMS
そんな折見たベストアーティストの翔くんの顔がずいぶん丸くて、私はそれに言葉に出来ない愛しさを感じた。
どうだっていいじゃんそんなこと - EVERYDAY IN MY DREAMS

2014年12月

関ジャニズムにて大倉くん大倉くんと騒ぎ、DIGITALIANにて翔くん翔くんと騒ぐ。
2人に求めてるものが違うという実感が沸く。
「だドン」 チラシの裏編 - EVERYDAY IN MY DREAMS
12/23 THE DIGITALIAN @東京ドーム - EVERYDAY IN MY DREAMS
2014年の記録 - EVERYDAY IN MY DREAMS

2015年1月1日

翔担で大倉担の掛け持ちだということを名乗り始める。

トピック「担当論」について