恋をするのに最良の日

すごかった。

当人がかっこいいことなんてファンになる前から知っているし、実はかわいらしい一面があることだってもちろん知っている。
昨日までは小さな劇場で画家の助手をしていた。最後、相手役の方に抱き寄せられて泣いてしまうような、そんな瞬間だって見た。
なんて素敵な役者なんだろうと思った。

今日は全身スーツだった。当たり前だ。完成披露試写会だ。
出て来た時からかっこ良かった。当たり前だ。ただでさえスタイルのいい彼がきちんとしたスーツに身を包んでいる。かっこ良くないわけがない。
登壇者の言葉に耳を傾け、はにかむように笑い、何か問われたら少し思案し、ちゃんとした言葉で答えていた。
たまに、足を捻ったり足踏みをしたりどこか遠くを見たり、その様子だって愛しかった。
監督曰く宇宙一「間がいい」らしい。昨日までの舞台を思い出した。画家の言葉を受けて発されるセリフは、全て彼の中の正しいタイミングに基づいていた。人の言葉や表情、動きを見てすごく正確に芝居をするのだと昨日見ながら思った。もしかしたらそれは映画の役柄の上での話で、彼本人の話ではないのかもしれない。実際すごく間がいいキャラクターだった。でも、この評価は彼にふさわしいと思った。

彼の番は終わり、監督が登壇者ひとりひとりを評価していく。
ふと彼は舞台の奥のほうへふらふらと歩いた。2・3歩だ。上を向いた。どうしたのかと思った。双眼鏡を握る力に少しだけ力が入る。

彼はくしゃみをした。「くしゅん」。文字で表すならこうだ。他の登壇者が話しているのにもかかわらず、彼はくしゃみをした。

かわいかった。
すごくかわいかった。
かわいすぎて鳥肌が立って口から訳の分からない言葉にもなっていない声が漏れて、一気に全身の体温が上がるのを感じた。血が沸騰するとはああいうことを言うのかもしれない。
涙は零さなかったが、私は確かに泣いていた。涙の存在を瞳の端に感じていた。

そんなことってあるのか。だって彼はアイドルじゃなくて、俳優で、既婚者で子供だっている。昨日彼の配偶者が客席で涙を流していてむしろそれにグッときていたところもあった。夫婦仲が良くてすごく良いなあと思った。

のに、そんな、そんな、いや、まさか、そんな人が、文字に起こすと「くしゅん」なんてくしゃみ、するか。いや、したんだけど。かわいらしすぎやしないか。役柄によってあんなに低い声であんなにかっこよくなるかっこいい人が、そんな、えっ。

心の中に浮き上がってくる様々な感情を頑張って処理しているうちにフォトセッションに移った。一度ハケてまた戻ってくる。こちらに背を向けている。すごく残念だった。
でも、空から金と銀の紙吹雪が降ってきた。暗い空間を宇宙に見立てた粋な演出だった。流星群のようだった。その中で彼が笑っている。なんて素晴らしいんだと思った。

そう思っていたら今度は星が降ってきた。
大小様々な星が流星群のように宙を舞い降りてくる。
幻想的過ぎた。
その中で、やっぱり彼は、カメラに向かって笑っていた。

星が降る中で好きな人が笑ってるなんて現実ではありえない風景を見てしまった。
ときめくなと言う方がおかしい。
想像してみて欲しい。少女マンガでだって今日日ありえない、比喩表現にしたってファンタジーが過ぎやしないだろうか。
ものすごくメルヘンで、現実味が無い。でも私も彼もそこに確実に存在している。
今、この瞬間、彼の顔が見えなくてよかったとすら思った。他の登壇者越しに、彼の手元に降ってきた星が見えた。
なんて光景だと思った。あり得なさすぎた。
アイドルのコンサートでだってあんまり見ない。銀テや紙吹雪があっても星はなかなか降ってこない。
でもここはコンサート会場じゃない。彼は俳優でアイドルじゃない。家庭を持つ、一人の働く男だ。
混乱した。混乱した、けど、でも、ときめくなと言う方が、おかしくはないだろうか。

すごいものを見た。
本当に、すごかった。