いつも夢できみを

36回! 微減で終わりました。
夏がドタバタ過ぎて途中で振り返ってるの偉いと思う。

話は一昨年に遡るのですが、親しい友人にエイトを勧めまくっていつも暖簾に腕押し状態で数年悔しい思いをしていたのですが、ついに彼女が折れてくれたのが一昨年のはじめの辺りでした。それからジャムのオーラスにあたって、旅行がてら福岡まで行きました。高校生ぶりの九州はなんだかどきどきして、食べたいものもたっぷり食べて、そうしたら開演ギリギリ着予想になってしまい、進まないバスの中で小田急線で火災事故が起きただか激しい沿線火災があっただかで止まってるんだって、みたいな話をしました。
会場について、グッズ売り場を振り返って、「来年はすばるのうちわ絶対買って1公演はすばるをずっと見よう」とその時強く思いました。Twitterにも書きました。
結局それは叶わず、行きたかったTOKIOの公演もしばらく無いんだなと思うような事態も起こり、全部吹き飛ばして欲しいという一心でアベンジャーズに行って大負けしました。
サノスがインフィニティ・ストーンでぶいぶい言わせるころには、もうジェネのドームも完全に動き出していたのですが、実は自名義が全滅*1だったりして、本当にどうなっちゃうの〜!? と思いながら千代田線に乗ったらお気に入りのカーディガンをなくしました。それであと推しの写真が売られたような気がする。これは気がするだけかもしれないですね。
で、会社でもちょっとバタバタして、目を回してるすきにもう真夏です。ジェネ初日・ルナフェス・ワクワクなど、現場に行ったことは覚えてるのですが、逆にそれ以外で何していたのか全く思い出せません。たぶん仕事の引き継ぎを受けていたんでしょうがそのことを思い出すと胃炎が痛いので(まだ言う)思い出せないってことで。
あ、ルナフェスは女王蜂でひばりくんが見たい故に転換時に頑張った結果、AOSをほぼ最前で見ることができました。完全に女王蜂動員の見た目だったので、こっちをみてたかひろくん様がニコッと笑いかけてくださったような記憶があるのでこれは本当ということにします。おみちゃんの幻聴(幻聴じゃないけど)もして、一緒に行ったバンギャ3人で顔を見合わせてめっちゃ笑顔になったのを覚えてます。TIME FILIESとSINが流れた時の私以外の2人の顔が忘れられないです。超幸せそうだったな。
それで、ワクワクに行って、虹色の初日は間違えて玲於ちゃんが来ない二子玉川に行きました。若いイケメンと若いお客さんのオーラが強かった。翌日、悲しいニュースがTLに流れてきて、それでもいつも通りにしてくれる玲於ちゃんに泣きそうになりました。集合写真、よく見ると自分が写っているのが解るので、夏の思い出の一つになりました。

Dirty Disco聞きたさでらんぺを見に行き、ジェネの東京で直人さんが来たり亜嵐くんの誕生日を祝ったり旅の終焉を出迎えたり、キンプリ行ったり、健二郎さん推しになりつつある友人の背中を押すためにゾンビに行ったり、夏を楽しく過ごして、9月。

ここまでずっと書いてないGR8ESTの感想なんですけど、行ったうちの7日は神としか言いようのない席で、大倉くんからファンサを数回受けました。受けたってことにしておいてください。大倉くんのうちわゾーンだったことも十分考慮のうちに入っているつもりなんですが、もうめちゃくちゃに大倉くんを浴びて、投げキスも貰って、あまりの引きの良さにリアルに「ヒイイ」といいながら仰け反り、酒の入った帰り道で「大倉くんと円満に別れてしまった……」とかいうことをぼんやりと考えました。酒の力って怖い。
翌日、自分が布教に成功した子(福岡に行った子とは別)と入り、大泣きをする。神席では気にならなかった、「足りないピース」の存在があまりにも大きくて、タオルで抑えてはいたものの逆に抑えてたせいで自分の感情ばっかり膨らんでしまってちゃんと見れてないような気がします。今にして思えば、ですが。
私はほとんど大倉くんのことしか見ていなくて、だから何がどうあってもへっちゃらだと思ってたのですが、そうじゃなかったみたいです。前と同じ熱で応援出来るかと言ったらたぶんきっとそうじゃないんだろうな。
すばるのことは今後も密やかに応援していくつもりです。その応援っていうのがどれほどのことなのかは解らないけど、決意をもってやったことなんだとしたら新たな門出を祝福しないはずがない……んです。自分は。なんとなく、2017年に転職しようと思った自分のことを重ねてしまっているのかもしれないです。こんなにすばるのことを好きだとは思いませんでした。それもあってドームで泣いちゃったんだと思います。
ジャムのときうちわ買っておけばよかったなとか、春先から、それより前から事務所のまわりで色んなことが起きて、別にすばるのことだけが決定打ってわけでもないんですが、後悔やら疑問やらが浮かぶようになってしまい、年貢の納め時とかいう単語を意識するようになりました。

納めないとという意識があまりにも強いあまり、引き寄せられるように臣ちゃんの新潟公演に行って、あまりにも柔らかい臣ちゃんに触れてしまった
多分今年行った現場の中で一番胸を打たれた現場はこの新潟公演です。私が現場に行くようになってからおよそ9年間、自分は現場というものに慣れてしまっていたんだな*2と気付かされました。行くまでの高揚感とか、席についた時の緊張とかを、この辺でやっと取り戻す。
それまでの自分の中での登坂広臣さんのイメージと実際見たイメージのギャップ……ギャップというと悪い言葉のように聞こえてしまうので何か違うのですが、手触りだとか風合いの差が激しくて、そういえば自分にとってライブとはコミュニケーションだったのだわということをなんとなくぼんやり思うなどしました。
一生ドームなんか行かないと思っていた私が、ドーム公演をばんばんするグループのボーカルのソロ公演に遠征までして、やっとです。別にファンサ貰った(くれるわけない)とかそういうんじゃないんですけど、言葉の一つ一つの温かさに本当に感動して、ちょっと色んなものの見方が変わりました。
自分がショーじゃなくてライブが好きなこと。もしかしたら相互でやりとりが出来るかもしれないもの。見ているだけの現場が地味にしんどい理由はここにあったのか、と気付かされました。私の感度が鈍いだけの話で、もちろん見ているだけが苦にならない人もいます(俳優の推し)。

そこから、苦しいなと思っていたことからちょっと解放されて、秋から冬にかけてはゆったり過ごせたのかな?
改めて見てみた亜嵐くんにやられたり、間近で見た玲於ちゃんがかっこよかったり、今日から鈴木だったり、最終的に行き着くところはやっぱり嵐で、翔くんしかいなかったり。

まあなんでも足を運ぶことが全てだなと思いました。
でもちょっと、今の自分にジャニオタという看板はかなり重たいので、これは2018年に置いていくことにします。事務所まるごと好きかと言われたらそれはどうしても飲み込めない。誘われたら行くんですけど。
と言って何を掲げるでもなく、色んなものが好きと言える自分でありたい。
もちろん嵐の看板は出してるつもりだし✝我櫻井翔一生愛✝だし嵐のオタクに変わりはないのですが、心境の変化があったので、ここに記しておくことにします。
ステージという夢、と地続きの、客席という現実から、今年も好きな人だけを追いかける。
2019年はもっと気軽に行くぞ〜! 源のライブもあるしね!

とりあえず、
白組勝ってよかった〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
翔くんおめでと〜〜〜〜〜〜〜!!!!
今年も好き〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!

*1:このころ直販という単語をまだ知らなかった

*2:ライブに行ってライブの感想じゃなくて自分がどうだったかという記事が多いところが顕著だと思います

新しい色で明日を描こう

最近、自分がジャニオタとして一番活発だった2014年頃の記事を読み返して、昔の自分は頑張って感想を書こうとしていたんだなあとちょっと感心しました。
それはなにより自分がド新規なりに見て感じたものを残したくて、ド新規でも胸張って嵐担翔担やってますと言いたかったから、とこのブログを始めた頃のことを少し思い出しました。

当時、就活に失敗して震災があって、それでもなんとか就活を続けてなんとか会社に入ることができました。大学で学んだことも自分が興味を持っていたこともまるっきり関係ない全くと言ってもいいほど興味のない業界で、やっていけるのか不安しかない時に友人に連れて行ってもらったのがBeautiful Worldでした。
そも、黄金期を知っているし、ずっとニノのことは大好きでどんどん活躍の場を広げていく嵐をこの目で見るまたとない機会だったので、社会科見学としてふらっと国立に行って、出てきたら潤くんが好きと言って帰ってきたことを昨日のように覚えています。終電ギリギリの青山をふらふら歩いて、渋谷との境目あたりにあったティッシュかなんかの潤くんのポスター見て「潤くんいる!」って叫んだことも覚えています。
昨日のように覚えているくせに、そこから1週間経って友人に「私翔くんが好きかもしれない……」と打ち明けるまで何をしていたかはよく覚えていません。友人から布教用としてプレゼントされたTimeを見て、「ソファマジちゃれえな〜!ww やっぱ潤くん神だわ」と思った記憶はあるのですが、それで一体何がこうなってどうなっているのか詳細なディテールがまるっきりすっぽ抜けていて、正直この7年間自分を疑い続けています。
唯一覚えているのが、その頃ギリギリ上映してた神様のカルテを2回だか3回見に行ったことくらいです。
どう考えても神様のカルテ落ちの翔担なんですが、あの時『栗原一止』という役をどういう気持ちで受け止めていたのかはやっぱり思い出せません。
思い出せないくらい衝撃的だったのかな。それまで自分の中での翔くんというと……これもやっぱり思い出せず、ジュニアの時は小うるさいお兄ちゃんくらいの印象だったんですけど、翔くんって私にとってモノリスみたいなもので、前世(翔担になる前)と黎明期の記憶が何もない。一切ない。びっくりするほど、ない。

翔担になってからの記憶はおそらくけっこう鮮明にあります。
その頃、嵐にどんどん新規ファンがついていっていたこと。
指を指されたわけではないけど、新規と呼ばれて居心地の悪い気持ちになったこと。
それでも自分の担当が自分の言葉で何かを書くことを良しとしているのだから、自分も真似をしてみようとしたこと。
翔くんに憧れて、担当が好きそうなものの勉強を一通りして、それをすべて自分なりに解釈して発信している翔くんは素晴らしくて鬼のようにかっこいいということ。
ジャニーズの城は案外居心地が良かったということ。
一生東京ドームなんか行かないんだろうな、とライブハウス止まりだった自分が東京ドームや国立競技場の景色を見たということ。
仕事がつらかったこと。苦しかったこと。それでも嵐が、翔くんがいたから頑張れたこと。
翔くんをきっかけにして、自分の世界がこの7年でぐんぐん変わっていったこと。

きらきら反射するスワロフスキーの横断幕を見て、自分の(ほぼ)半生を遡りました。
この7年、私は嵐と一緒に駆け抜けてきたし、これからも、自分がどこに行ったとしても嵐は人生のどこかしらにい続けるということ。いなくならないということ。嵐がいるからどこにでもいけるということ。
自分の人生が一冊の本だとしたら、嵐は多分小口染めで、どのページを見ても嵐がいるんだろうなということ。
5人が話した内容も感動的でしたが、うっかり自分のこれまでとこれからも結構捨てたもんじゃないなとか、そんなことを思いました。
数日後の今、胃炎*1になっているわけですけど、年末年始で治して来年の嵐としか言いようのない嵐の嵐(?)に備えたいです。

あとファンが感傷に浸ってるところに『少しは、恩返しができたかな』の応酬でコントにしていく磁石はやっぱり推せると思いました。ふざけるところが磁石らしくてあまりにも好きです。
あとバルコニーの客席がよく見える席で、よく見えすぎてあの白くて目立つ人……オフホワイト着てる……あっうわ……(理解) でした。
今年旬くん*2に一度も会えずじまい*3だったので同じ空気が吸えてよかったです。よかったのか?

そういえば、映画ハチクロ公開時、「ハチクロゲド戦記かどっちを見るかジャンケンで決める」という勝負に負けてゲド戦記を見て寝た記憶があります。あれは悔しかった。でも竹本くんを見て「翔くんかっこいい」って思ったかな。たぶんないな。

*1:胃炎だけどジェネ高の亜嵐犬玲於犬ぬいぐるみマスコットは取った

*2:誕生日おめでとうございます

*3:トータルでさのれおPERFECT YEAR2018だった

年下を推すということ

白濱亜嵐くんへのアツい思いをしたためておいてなんなんですが、やっぱり同じくらい玲於ちゃんが好きだなあと思った1日でした。
きっかけというのは誰でも大事にしているものだと思います。自分にとってそれが佐野玲於くんなので大事にしていきたい。

……というのを23日前にしたためていたようです。
23日前って何? と思ったのですが、おそらくさのさんのお渡し会に行ったのだと思われます。近くで見る玲於ちゃん、「ちゃん」というよりしっかり「佐野玲於さん」という感じでまさしく「さのさん」なのでした。いやもう本当にかっこよかったです。
その後「銃」のイベントにて虹郎くんのひとりの友人として話す玲於ちゃんもかなり新鮮でやっぱりかっこよかった。玲於ちゃんはかっこいいんですよ。すごい。ただのジャニオタだった私をずいぶん遠くまで連れてくる*1くらいめちゃくちゃかっこいいんだなと改めて思わされた11月末でした。

玲於ちゃんはすごい。

普段玲於ちゃんに対して「かわいい」が勝ちがちなのは、ひとえに玲於ちゃんが私よりずいぶん年下だからとしか言いようがなく、虚しい想像ですが、同い年だったら私は玲於ちゃんを玲於ちゃんなんて呼べないと思います。多分佐野くんか玲於くんか玲於さまって呼んでる。それくらいかっこよくて、ですね。

ジェネを推して1年過ぎたんですが(もうそんなに経ったんですよ)、同世代の友人たちにジェネやらんぺちゃんのことをウキウキしながら話すとまず開口一番「年下はちょっと……」って言われます。クソ主語一纏めにして本当に申し訳ないのですが、どうしてだかやっぱり年上の男性というものにどうしたって憧れがあって、おんなじ感じで三代目もセカンドもドーベルも好きなつもりでいるんですがそれにしても佐野玲於・白濱亜嵐がそんなこと一瞬で忘れさせてくれるくらいかっこいい。かわいいし。
好きに年齢なんか関係ねえよ〜! 好きになったらそれでいいじゃん〜! 最高になろうぜ〜! と人の肩を抱いてとんだYEAHをぶちかましたいところなんですけど、でも年上か年下かってそれよりももっと根深い問題なような気もして、単に自分が年食ったからどうでもよくなってるような気もするし、難しいですね。

でも「年下か〜! ン〜!」って思ってるくらいなら推したほうがめっちゃ楽しいんですよね。考えるな推せ、のレベルで楽しい。気軽にボーダー飛び越えてえ……そこに超YEAHが待ってる……。

かといってジャニーズでまともに騒げる年下はあんまりいないし、年齢問題根深えな〜〜〜〜〜〜〜〜
オチは特にありません。佐野玲於くんと白濱亜嵐くんがめちゃくちゃに好きです。

*1:これは年末に書きますけど本当にかなり遠い所まで来た感じがしています

確信2018

lovebambi.hateblo.jp
今となってはめちゃくちゃおもしろいのですが、このエントリを書いた時はまだ生の白濱亜嵐くんを見る前でした。
自分で読み返して嘘!? ってなります。見る前にこんなに入れ込むのめちゃくちゃLooking for ヤバい。
DAH・UJ初日・東京全日・本体日曜(きょう)と見てきましたが、実のところ「いや私は○○の方が好きかもしれない」「実際見たら揺らいじゃって○○しか見ない」「ダークホースで○○」「いや○○だな」とか言ってて個人的にはLDHでの推しが明示されてしまうの怖かったんです。なんでかよくわからんけど。
が、今日本体行ってみて、面白いくらいに白濱亜嵐くんしか見てない自分がおりました。もう最初からずーっと白濱亜嵐。最後まで白濱亜嵐。見間違いゼロで白濱亜嵐。
清々しいまでの白濱担……いや白濱famぶりを自分で自分に見せつけてしまったので、明日からは胸張って白濱famですって言おうと思います。
好きだな〜って思うところ、正直全部なのですが、本編終わりの時に降りてくるアレ(あれ)を掻い潜るように跪くのに顔は出さずに手だけでバイバイしてたところです。あとラバアゲでの後ろ姿とかとか、書ききれないし全部好きだから全部ですね。
はー白濱亜嵐くんに幸せになってほしい。生きてる間幸せゲージずっと右肩上がりでいてほしい。
本体たのしかった!

5年前って担当決める時ってブログ書くならわしだったと思うので書いた。
あと袖がないところが「推し」って感じします。袖がない男性を推して生きてきました。今後も袖がない男性に「袖がない」って思って生きていこうと思います。

そして境界に立つ(ハナレイ・ベイを見た)

※原作未読

公開記念舞台挨拶、行ってきました。
夏ぶりにみる玲於ちゃんはスマートになってて、黒髪の似合う男性になっておりました。玲於ちゃんとか言っちゃダメですね、あの子はもう佐野さんなんですから……。

私はBCR出の新規さのれおファンなのでハナレイ・ベイを経たあとの玲於くんしか知りません。これはそんな新規の想像でしかないのですが、ハナレイ・ベイの撮影前/撮影後では顔つきが全然違っていたに違いないでしょう。そんな予感がします。
私が見たのはどの回も上映後舞台挨拶でした。タカシを見たあとで見る生の佐野玲於、印象がまるで違います。タカシはやんちゃボーイで、生で見る佐野玲於は佐野くん! って感じします。なんかとにかく、玲於ちゃん、すごいおとなになった。髪型の印象もあるのかもしれない、けれどもめっちゃおとな! たぶん「おとな〜」って声に出ていた気がします*1

「好きだ」という感情を手放すのは苦しいことですが、そういえば「いやだ」と思うことを手放すのも同じくらい苦しいなあとこの映画を見て改めて気付かされました。「これ苦手だな」と思ってたものにもう一回チャレンジしたらば憎く思ってた時間すら憎くなるやつです。ずっとそういう感情に蓋をして、だからサチはタカシをなくしてすぐタカシの私物を見えなくしてしまう。ストーリーがいいのか演出がいいのか演じ方がいいのか解らないのですが、完全にサチという人間を見た気がします。

ストーリーをあらすじに書きすぎじゃない? とも思ったのですが、そこからのサチの心の深いところの描き方にとても熱が感じられました。サチの、ハナレイとその自然へのわだかまりがどんどん溶けていくこと、溶けることをサチ自身が「いやだ」と思っているのが伝わってきて、「わかる〜」となりました。「私はそれすらも受け入れないといけないの」と言っているシーンのあたりは自分の感情が乗りすぎて見ていてすごくしんどかった。
やっぱり吉田羊は強かった。監督的にはその辺うまく撮れなかったとのことですが、それ含めて画面から得られる情報が多くて、私はこの形が好きです。

タカシも出番はあまり無いもののその少ない出番のなかで、あの虹郎ちゃん*2とセットで超印象を残していたのでなんというか贅沢なものを見ました。
サチに甘えてばっかりのタケシは、なんというか理想の息子という気すらしてきます。あの位親にべったりなのは、こどもしてすごくかわいいと思います。いないから解んないけどなんかそんな気がする。
解釈や正解は人によって違うのが正しいということなので、まとまらないこの文章も正しいということで……。

ところで、私は昔から「大事な人が夢枕に立つ」というシチュエーションが大好きです。
何がきっかけかはもう思い出せないです。モチーフとして、シチュエーションとして、寝るでも意識をなくすでも、その時に見る『夢』がめちゃくちゃ好きです。
夢にまつわる言葉とか、ひるがえって、幻とか、幽霊とかの類のワードも好きだったりします。
怖いことが身の回りに起こって欲しくないのは当然として、あんまり信じてないけど、その存在を信じているふしがあります。
最後のシーン、サチが振り返って見た先にはタカシがいて、そこでようやくふたりは笑いあえるのだと信じてます。
(プログラム読んだらあっそうだったんだ!? となりましたが納得です)

けして優しくはないのですが、現実と過去の幻想の間を行ったり来たりする静かな映画でした。
自然の音や波のしぶきを映画館の没入感のなかで見たほうがいいと思うので、絶対また映画館で見たい!
今年見た邦画のなかで一番好きかもしれない。次は原作読んでから見たいです。

*1:俳優の推し(自分よりそれなりに年上)の立ちふるまい見て「こども〜」って言うタイプです

*2:どうしてもムラジュンさんがドーン! としてくる、存在感がありすぎる